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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

御嶽山噴火の報道で感じること

ども、底辺くんです。

連日、御嶽山の水蒸気爆発関連の報道がマスメディアでされている。亡くなった多くの方は活火山に登る限り、それなりの覚悟、などという気構えなど無かったと思うし、本当に不運としか言いようがない。

で、連日マスメディアで報道される中、亡くなった方の中から数人がピックアップされ、写真や取材付きで公共の電波で流される。夢を追って勉強中だった、とか、いつも人の為にがんばってた、とか。笑顔でやさしい人だった、などなど。私ね、見知らぬ他人の事なんて正直どうでもいいのよ。で、何を思うかっていうと、死んでからもその人間の価値に差があるんだなぁ、って事。何か特徴的、シンボル的な人じゃないとピックアップされて取材されないのだから。例えば若い、とか。見た人が「ああ、悲惨な事故!」と思わせるようなドラマティックな素性じゃないとならないのだから。

でもね、私はこの事故で亡くなった方々、すべての人がそれなりの人生があって、バックボーンがあって、一見平凡かもしれないけど、今まで生きて来ただけでもそれなりの価値があると思うのよ。だから、亡くなった後に扱いの差を付けてほしく無いわけ。

もちろん、関係者が取材拒否とか、いろいろ事情があるとは思うけど、平等に扱って欲しくて、つまり、とって付けた個人情報なんて最初からいらない、と思うわけ。

極力見ないようにしているんだけど、お昼ご飯を食べている時にテレビが設置してあるとどうしても目に入ってしまって。

ま、少数派の意見なのかもしれないけど。

あ、あと、このレスキューに従事する自衛隊を賞賛する人もたまにいるけど、あれ、仕事だからね。彼らが自ら無給で従事しているならわかるけど、ちゃんと給料もらってやっている仕事だから。進んでやっているわけでも立候補したわけでもなく、そういう仕事だから。彼らが作業すると妙に賞賛したがるのは、自分の周辺で、自分が快適に生きるためにどれだけの人が仕事をしているか、に気づいて感謝できていないんじゃないか?と思ってしまう。目の前の危険なことに従事している姿に直接的感動を覚える事自体、悪い事じゃないけどさ。あまりにも単純すぎて悲しくなる。あれを賞賛するなら、自分に関わるありとあらゆる人達にも感謝しなさいよ、て話。

そういう考えの人ばかりだったら戦争もいじめもパワハラも起きないね。無理な話だったね。