読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

所ジョージの非凡さがすごい

ども、底辺くんです。

先日、阿川佐和子との対談番組で、所ジョージ

「自分はバカだから丁寧にいろいろやる。頭いい人は飛び越えて考える事が出来るから」

「自分に何かある、と思っているんだよね、実力を発揮していないだけで自分にはもっと上がある、みたいな。俺にはそんな考えないもん。バカだから」

的な発言をしていた。細かい表現は失念してしまったが、こんなニュアンスだった。多分、中流階層の人の中には、「おお、そうか。バカになってみて今の自分のプライドを捨てるのも必要かも。さすが所ジョージ」と思う人もいるかもしれない。ただ、底辺生活者はそんな見方はしない。

これは所ジョージ自身も底辺層の人間の考え方をある程度知っていて、自分の才能を惜しみなく自慢しているだけなのだ。超上流の人間はそれなりに底辺の輪郭ぐらいは把握出来るのだ。その教養と世界観の広さ等によって。もちろん、その逆はない。底辺層は上流社会に生きる人々の考え方など理解出来ない。

ここで、所ジョージがどこまで理解しているかはわからないが、彼が述べた自分とは違う考え方の人間でかつ、底辺層の人達の「まだ本気出してないだけ」感について言及したい。

人間が持つ生命(活力)エネルギーの満タンを100とした時、上流層は常に100であり、それが欠けてもすぐ補充が出来る。それは自己力でも、他人からでも補充することが出来るのが一般。しかし、底辺層の人間は10~20程しかエネルギーが無く、それを補充する術が無い、もしくはわからない状態なのだ。しかし、人間は死なない限り生き続けてしまう。いつでも自分を100%否定して生きる事は人間は出来ない。100%否定になってしまうと自殺しか道がなくなる。そこで、生きているかぎり、少しでも自分の人間としての価値にプライドを持ちたい、いや、価値があると信じたい、という知覚しない生存本能的なモノが働くのだ。

それが所ジョージとは真逆の底辺層の人間。そう、私もその一員。

こういった人間の弱さまでは上流層は理解出来ないので、解説してみた。