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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

アニメ「暗殺教室」が放送自粛になったが

単なる日記

なぜだろうか。該当深夜アニメは、月を破壊する程のチカラを持つ、マッハ20で動く事の出来る通称「殺せんせー」をエリート学校の成績落ちこぼれ組の生徒達が期限までに暗殺出来るか、を競う内容。先生側は生徒を傷つける事が出来ない約束なので、「バトル・ロワイアル」のような単純な殺し合いではない。絶対に殺す事が出来ない殺せんせーに対して、学校ヒエラルキーの底辺に落ちてしまった生徒達がチャレンジする事で、自分達の個性に気付き、絶対的存在である殺せんせーに励まされて再起する、という青少年漫画的都合のいい熱血アニメである。そんなアニメがなぜ自粛なのか。もちろん、「暗殺教室」というタイトル、生徒が何度も「僕らは暗殺の為に・・・」言うという、内容よりも表面の問題だろう。

 

これは逆に言えば、何でも表面で物事をジャッジし、騒いだり流されたりする庶民が増えた、という事でもある。膨大に流れる情報によって自ら考えずに表面で理解した気になって判断する人間が一般的になってきているのだ。

 

例えば、今期の深夜アニメで言えば、「夜のヤッターマン」の方が暗殺教室を自粛するのであれば今回の件で話題に上がってもおかしくない。このアニメは一般的に知られているアニメ「ヤッターマン」の世界から数世代後の物語。ヤッターマンによって平和となった世界は防壁で守られた夢の世界「ヤッターキングダム」が作られていた。そして、ご先祖のドロンジョ一味の末裔は壁の外で貧しい生活をしていた。しかし、一味は語り継がれた正義のヤッターマン伝説を信じる事によって、自分達の境遇を受け入れていた。しかし、ある事件をきっかけにヤッターマン伝説に疑問を持ち、お仕置きをする為に反旗を翻してヤッターキングダムに潜入する。すると、ヤッターマン内は夢の世界などではなく、底辺層は搾取される厳しい世界だった・・・。

 

どうだろうか。まさに今の世界の縮図。ヤッターキングダムは今の資本主義社会。ドロンジョ一味はイスラム国とまでは言わないでもテロ集団。そして彼女らに見方するキングダム内の住民は資本主義社会で、底辺層の人達と同じだ。なぜここまで一致するのか。それはこのアニメが深夜の為、大人をターゲットにしているからだ。つまり、現代の大人が共感出来る、面白いと思える内容を、クリエイターが一生懸命考えたストーリーだからだ。しかも、自らの祖先の為に自分達の貧しい境遇は仕方がない、と受け入れて生活する、というどこかの戦敗国民と同じような発想付き。このアニメをスムーズに楽しめる人はイスラム国のやっている事にも一定の理解が出来ると思う。

 

また、「純血のマリア」も今期から深夜アニメ化されている。中世百年戦争中のフランスで、戦争を邪魔して殺し合いを止めようとする魔女マリアが主人公で、「天使と教会と百年戦争に魔女はケンカを売った。処女だけど。」というキャッチコピーが与えられている。これだけだとよくあるライトノベルのような(本作は漫画原作)安っぽい萌えアニメ風であるが、内容は全然シビア。愚かな人間の行為は見守るだけでいい、それによる結果は人間が等しく負う事になる、という介在をしない姿勢の天使、宗教の名の下、殺戮を繰り返すキリスト教。それも残虐な事もいとわない。また、神父によって行動も言う内容もレベルが違う。そして、少なくとも目の前の人だけでも救いたい、という魔女マリア。

 

どうだろうか。百年戦争中のキリスト教の非道な行いは義務教育過程を経ていれば誰もが世界史で習った事だろう。しかし、それも「キリスト教」とひとまとめには出来ない。やはり人間は人間であり、人によって同じ神の下でも行動も思想も違う、というのが細かい演出。これは現代の宗教観にも通じる。また、マリアの行動や考え方はいわゆる、単純正義というモノだが、天使が言う相対正義との比較は哲学的であり、一方向だけで正義は語る事は出来ない、難しい問題。イスラム国はなぜテロを犯さないとならないのか。見た目の暴力だけで単純に「悪」と決めつけてしまうようではこのアニメは単純な萌えアニメになってしまう。なぜこの原作が作られ、アニメ化されたか、という事。作り手は何を訴えたいのか。

 

特に「夜のヤッターマン」は子供時代「ヤッターマン」を見ていた、バブルを知らない中年世代(現在45歳以下ぐらい)がターゲット。所謂、ロストエイジと言われる酷い世代で、団塊ジュニアなのでベビーブームで人口は多いため、ずっと競争。人数が多いだけに、役職に付ける人以外はほぼ不遇、無職、引きこもりも少なくないのに、未だ世間からは問題視されない、見捨てられた世代だ。彼らの心を掴む冒頭のストーリーの掴みに、現在の世界情勢を反映させる事は至極当然だ。今後どうせ仲良くなって過去も精算されハッピーエンドになるだろと予測してはいるが。

 

日本ではこうやって、ひっそりと言いたいことを表現する場所が存在している事が素晴らしい。もやは動画ではアニメだけだろう。日本の映画業界はほぼ死んでしまっているし。

 

ネットによってマイノリティーの意見もまるで「~に賛否」「~に反響」等、まるで拮抗しているかのように扱われる(扱う低俗なメディアが増えた)時代になった。ますます、自らの思考力が試される時代になったとも言える。自らの進退に関係無い限り、思想を膨らます努力は続けて行きたい。