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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

CXの水曜歌謡祭を見て、日本の音楽業界を潰したのは業界自体である事を確信した。

芸能

かねてより、歌手が持ち歌ではなく他人の歌を歌う番組に違和感があった。子供の頃に歌謡曲でなく、懐メロの番組ばかり見ている父親に、なぜ過去の歌ばかり見て今のを否定するのか?と軽蔑した目線を送っていた事を思い出すが、それでも懐メロ(演歌系)番組は今でも歌手が自分の持ち歌を歌う。しかし、TBSのUTAGEに続き、CXでもカラオケ的に様々な歌手が他人の歌を歌う番組が始まった。

もちろん、そんな番組など見ない。いくら歌の上手い歌手であっても、生演奏であっても、カラオケなど聞きたくないからだ。トリビュート的にアレンジを効かせたり、1年に1回ぐらいなら耐えられるが。では、なぜそんな番組ばかりが増える事になったのだろうか。そして、それは音楽業界が音楽業界を潰している事をはっきりとわからせる軌跡となるのだ。

 

NTVはダウンタウンの初期のCXのミュージックチャンプをそのままパクったような番組をバカリズムで始めた。この方式は特定の歌手をフューチャーする。つまり、力のある歌手のみが主役になれる事、音楽の幅もウケを重視する事となり、一般にリーチする音楽と歌手の幅を狭める結果となった。新しい人達は事務所側が演出して作られて番組出演でブレイクさせる時代が続いた。

そして、視聴者は飽きた。そりゃそうだ。作られた歌手達は大手事務所が並ぶ為、同じような歌手ばかりになった。そしてミュージックチャンプは終わった。

その後、歌番組はミュージックステーションしか無くなった時代があったが、特番では何度かあったが、カラオケ系番組が増えて持ち歌以外の古い曲を歌わせる番組がゴールデンにも現れるようになった。

これらの現象は

若者がテレビを見ない、音楽の嗜好が細分化、そもそも音楽を聞かない

→若者ターゲットでは視聴率が取れない

→音楽を聞いていて、テレビを見る世代(中、初老)をターゲットに

→昔の曲、今の歌手、ゆくゆくはこれをきっかけに今の歌も売れれば

という流れだと思う。しかし、このチャートは正しく無い。

 

確かに、現在は嗜好が細分化しており、視聴率をジャンルを絞ったターゲット、特に万人受けする情報系でないコンテンツで取るのは難しい。ただ、音楽に限ってみるとどうだろうか。日本は独自の各種音楽フェスが増え続けており、どこも盛況だ。では、なぜ日本の音楽業界は廃れたのだろうか。違法ダウンロードのせいだろうか。

 

日本で音楽文化が衰退したのは音楽がコンテンツではなく、既得権益確保になってしまったからだ。音楽が単純なるコンテンツであれば、いいモノは売れ、そうでないモノは売れない。なので、本来歌手は必至にプローションに走る。メディアは本来コンテンツとして紹介する事がまずメインにあった。アメリカなどは未だに歌手がラジオ周りをして、いかに流してもらうか、という事をする。DJのリコメンドが欲しいからだ。そのため、歌手は自己表現とタレント性、ユーザーウケを必至に工夫する。ユーザーもそれに付いてくる。なので、海外のフェスは音楽を楽しむフェスなので、ロック、レゲエ、EDMとジャンルが別れている。当たり前だ。ヒップホップ好きがEDMなど聞いて楽しめるわけがない。

 

では日本ではどうだ。金と権力がメディアもランキングも支配する。以前、日本のCDランキングは出荷ベースだった。なので、体力のある事務所は大量に刷れば1位になれた。しかし、インターネットの普及に伴いそういった情報がバレ始めたため、売上ベースになった。であれば、枚数を確保するブースト手法(バージョン違い、CDを逆に付随物とする)でランキングは占められる事となった。

もちろん、一部のユーザーは付いてくる。そのため、売上も確保される。しかし、音楽業界としてはどうだろうか。音楽の趣味趣向はその音楽が尖っているジャンルであればあるほど、中毒性がある。しかし、日本の音楽業界に操作された世界の中で、尖ったモノが生まれるわけも無く、また生まれても表舞台に出る事はないため、いつしかユーザーは音楽を毒の無い、受け入れる事が出来るコンテンツとして受け止めるようになる。まるで定食のように。

もちろん、定食でも小鉢は選択出来るように、そもそも定食的音楽を聞く人は小鉢に個性を出したりする事も多い。ただ、定食的に音楽を楽しむ、という趣向が根付いてしまっている。なので、日本のフェスは音楽のジャンルがバラバラなモノが多いのだ。音楽を楽しむ為のフェスが、特定のジャンルではない、という事は本来あり得ない。日本のフェスはいわゆる、お祭り騒ぎをしたい、という立ち位置になってしまったのだ。これはオールジャンル系と言われるクラブと特定のジャンルのクラブがあり、前者の方がナンパ系と言われるのと同じ。音楽を楽しむ場では音楽を楽しむ。こういった体験、経験が定食系ばかりの音楽に浸されてしまった事で失ってしまい、特定のジャンルへのこだわりが無くなってしまったのだ。

なので、多くの日本人が音楽でこだわる部分は、ジャンルではなく、歌手自体になってしまった。そりゃ、そうだ。いつも同じ学食でたまに美味しい定食があった時、そのコーナーを好きになるのと同じ。外の店に食べに行く事が無くなってしまっているのだから。そうやって日本の音楽業界はユーザーを囲い込んで儲けてきた。

 

しかし、今になってそのモデルが崩れてきた。音楽が売れず、歌手で売れるのであれば人気のある歌手を囲っている側が強くなってしまったのだ。AKBGやLDHのように。しかし、対抗するべく、ブーストしてあるバンドを作るという手法もあるのだが、1バンドに付き、大体数億の投資がかかる。当たればいいが、当たらない場合悲惨だ。なので、大手さえも金のかからない地下アイドルを育てるようになった。そうなると、表舞台に立つのは今の歌手、そして昔の歌手しかいない。また、曲に対してのこだわりが無くなったユーザーに対して歌手自体の魅力だけで番組を成り立たせる為にはほぼアイドル、もしくはダンスグループだけになってしまう。それでは山分けにならない。これを打開出来るのはカラオケ番組にして、昔の歌手も入れ込む事だ。こうする事によって、定食慣れしたユーザーには定番の味を提供出来る。既得権益の確保に成功するわけだ。

 

特にこだわりの無くなったユーザー相手にこだわりの無い音楽を提供する。それが今の日本の音楽業界であり、だからこそ成り立つ、カラオケ番組。歌と歌手が一体となった音楽文化から歌手単体をタレント化して楽しむ、パフォーマンス文化に。日本の音楽業界の操作が導いた結果だ。ユーザーが受け入れて新たな形としてまた進化(退化?)するのかもしれないが、少なくとも、この事によって消える文化も多くあり、それは世界基準だと異質である事は認識しておいて損はないと思う。