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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

ダライ・ラマ14世の言っている事が日本語で間違ったニュアンスに

「It is important to teach young people at school that violence is a fruitless approach to solving problems.」

というツイートがなぜか今頃話題になっているようで。確かに

ここで難しいのが、英語の Violence というのは肉体的攻撃を指す意味であって、日本語で広義の意味をもつ「暴力」とはニュアンスが違うという事だ。なので、ダライ・ラマ14世が言った、Violenceに限った事で言えば、そりゃそうだね、という事になる。問題はこれが日本語訳となり拡散された場合だ。

 

「暴力は問題解決に・・・・」

となると日本語だと意味が違うのだ。直訳的意味だと

「相手を肉体的に痛めつける事は問題解決に・・・」

が日本語的にはしっくりくる。「暴力」では広義すぎるのだ。暴力の日本語訳でこの言葉に承諾している人は、暴力を勝手に肉体的、戦争的なモノを縮小解釈しているか、それとも本当にそれ意外、言葉や環境等のHarmfulな事は暴力の定義に入れていないか、だと思う。

 

日本語の難しさはここにある。英語は細かく意味によって単語あるが、日本語は包括して1単語だったりするので、受け取る人によって解釈が変わってしまう事がある。

ま、そんなお話。