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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

大阪都構想の住民投票結果でネットの声の面白かった事

単なる日記

大阪都構想は反対多数で廃案となった。ここでネットで物議となったのが、朝日新聞出口調査等で20代~60代は賛成が多く、70代以上で反対派が多かった、というデータや、地域によってくっりき反対派と賛成派がわかれた事だ。このデータと結果をもって、つぶやき中心のSNSでは

・老人票で決まってしまった

という事に対しての批判的なコメントが多く見られた。確かに、データではそういう結果になっている。ここで面白いのが、そういった声に対しての反論だ。

・老人にだって未来を考えている人だっている

・お前たちだって将来老人になるのだ。悪く言うな

というモノがいくつかあった。

 

まず、事実をはっきりさせたい。今回の大阪都構想は母数の大きな反対老人票が決め手となって事。そして、そうした結果を持って老害だ、とネットで批判をしている人は、大阪に住んでいる、いや、すべての老人=老害、と思っているわけではない、という事。なぜなら、老人の中にも彼らの言う賛成派もいた事も事実だし、100%害な年代層など人間界に存在しない事など暗黙の了解だ。しかし、現在のつぶやき中心のSNSの文字数ではそこまで細かく説明する事はないので、ひっくるめて「老人票」「老人」という言い方になっているのだ。それが文章を読み取る力。

 

なので、「老人を非難するな」はまったく的外れな理屈となるのだ。ほとんどの人は老人すべてが老害である、と思っていないからだ。あくまでも出口調査の結果を見て、世代による偏りが酷かった為、それによる結論、しかも票数が僅差であった事も含めて疑問を呈しているだけなのだから。

 

むしろ、世代によって反対派、賛成派は拮抗してる状態で、結果も僅差で反対派が勝った、という事であれば誰もが納得のいった事であろう。

老人が云々の前に、老人の票で、それ以下の世代の意思が潰される事。それは民主主義として問題ではないか?とまず最初に疑問に思わない人がこれだけ存在する事にもびっくりした。こういった人達が全員老人だけか、と思いきや、中年の反橋下派の人達混じっていたりした。反橋下派で橋下市長が嫌い、大阪都構想が認められない、という発想と、この民主主義の根本思想とはまったく関係ない事であり、反橋下派であったとしても、日本の義務教育課程を経たのであれば、70代以上のみが反対票が多かった、という出口調査のデータがあった上で結論が大阪都構想が廃案になった際、「これは民主主義としておかしいのでは?」と思うはずなのだ。

 

しかし、そうは思わない人達の存在。これは世界で比べても最低限の教育を受ける事が出来る環境が整っている日本であっても起こりうるとなると、それは学校ではなく、環境による民衆への教育、いわば教養による部分ではないだろうか。

 

日本は戦後、独裁政治が続いている。独裁政治を続ける事が出来るのは権力者の圧政があればこそ。支配において、民主主義は邪魔なものだ。なので、ある一定の層までの教育に、民主主義=人々の声=多数決、と間違った教えをしてきた。しかし、権力者に紐づいて甘い汁を吸い続ける層は徐々に減っていき、多数決も厳しくなりつつある現代、プラスして民主主義とは個人の自由がある社会、とこれもある意味間違いな教えをしている。例えば逆に中国や北朝鮮は自由がない、という雰囲気で流し続ける事で、今の日本こそが平穏で守られた社会(もちろん、既存の権力者達に)である、と植え付け続けている。個人の行動は社会に対して低負担、しかし高福祉。こういう状態にしておいて、庶民の心理ハードルを下げておく。なので増税もやむ無し、と思ってしまう。

 

私にとって大阪都構想は何か行政システムが良くなったり、悪くなる、という事はどうでも良かった。他人任せのモノである以上、劇的に悪くなる事も良くなる事もありうるからだ。大事なのは、戦後の既得権益層(権力者)達の支配階級から、別の支配階級に大代わりする、という事。支配される事に変わりは無いのだが、脈々と続くピラミッドが少しでも崩れる事は、マーケットにチャンスが生まれる、という事。役員陣は対して変わらない癖に、社員の希望退職募集をして再建を果たす、という日本の大手企業がなかなか復活出来ないのに、外資に買収されて多くの役員陣が交代させられて外資系企業になった元日本企業の方が成功しやすいのと同じことだ。

なので、支配階級は今回必至だった。表向きイデオロギーによってわかれ、交わる事の無い旧時代の政党が一致団結して大阪都構想に反対した。これこそが大阪、というよりも日本の戦後独裁体制の象徴である。本当に内容を吟味し、大阪の為を思っている人達の集まりが政党であるのであれば、イデオロギーが違うはずの旧時代政党すべてが反対にまわる、という事はあり得ないのだ。なぜなら、これだけ賛否が拮抗した問題だったからだ。そこにはそれなりに市民が支持する理由があるからだ。

 

旧時代政党は今回なりふり構わず既得権益確保に動いた。そして、この結果を見て、為政者達は国の行く末を変える安保や自衛隊憲法等の法案を先延ばしにせずに早めに決め手しまう今のやり方に自信を持ったであろう。彼らを支えるのは全国の70代以上であるが、彼らには寿命があるからだ。しかし、その担い手も順調に育っている、国民洗脳法が正しかった事もわかったに違いない。橋下市長のような革命的な政治家は今後現れる事は無い。その前に潰されるようになるからだ。で、懸命な国民は気付いたはずだ。これは民主主義ではないと。しかし、その為に自分がどういった事が出来るか、までは考えが及ぶ事はない。すっかりキバを取られてしまっているから。

さて、これから日本の社会は大きく変わる事が予想される。例えば、貧富の差の拡大で東京ではホームレスがこの1年間で急激に増えてきている。本来他人を思いやる事で避けれた自転車事故も増加の一途で環境が整っていない中で法律が変わった。。辛うじてその独裁を変える可能性があった予備選的な大阪都構想も頓挫。独裁政治下で選択する未来は狭まりつつある。