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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

いちいち正論で政治叩きをしたい人

ネットには多いですよね。色々な有識者の発言やデータを使って言う人もいます。こうした人達は大前提を忘れているんですよね。それは、

日本の政治家(というか、人間)や、それを支える、もしくは動かす既得権益者達が、なぜ自分達意外の事を親身に考える事があるのか、ということ。よく考えれば、そんな聖人君子のような人、ほぼ存在しないですよね。例えばアメリカなどは人間とはそういうものである、という前提でなんとか不正を防げるように様々な政治システムを構築しています。もちろん、それさえも更に大きな権力の前では無力ですが、少なくとも多様性の社会を支える基盤にはなっています。しかし、日本は、「上に立つものは下々の者を考える」という事が前提として政治システムが作られているので、ほぼ権力者のやりたい放題、ザル状態です。第二次大戦でB級、C級戦犯はそのまま政治に復帰にしているので、下々の人を人間爆弾のように無残に殺す人達の末裔達が作ったシステムですからね。終戦が決まる直前に自分達を自ら昇進させて年金を多くもらったような人達が作った社会ですからね。嘘八百書いて庶民を騙し続けたメディアはそのまま残っていますからね。本来はドイツのようにしっかり自分達で反省検証し、二度と第二次大戦のような社会情勢にならないように、システムを構築すべきだったのですが、アメリカの大枠という隠れ蓑の中で、都合よく再構築しているわけですから。

 

なので、ちょっと勉強すればわかりきっているような、民衆(日本)の為になる事を日本政府が優先するわけはないのです。それが人間ですから。社会保障と税の一体化の為の消費税増税の話、どこに行きましたかね?国民が怒らない事も気付かない事もすべてコントロール済みですから。

 

だから、正論で政治を語るのは無断なのです。ではどうしたらいいのか。政治家を責めても拉致があかないわけで。答えは簡単。支持者を責めるのです。支持母体の有権者、会社、組織を責めるのです。本来、民衆は政治家を叩くべきです。しかし、日本は特殊な社会であり、民主主義ではなく、自己都合な権威主義なので、政治に問題がある場合は、支持者を責めるのが一番なのです。何故かと言うと、支持者達は社会の事よりも自分達の利益重視で政治家を選んだ責任があるからです。しかし、会社であれば例えば不買運動をする。選挙区であれば、原産のモノを買わない、観光拒否等。そうして社会の責任を負わせないと、その地域の有権者達は社会の事を考える事は無いのです。いつまでたっても、地元の地主等の有力者ばかり選んでいたツケを負わせるべきであり、その事によって志をもった、数少ない純粋な人達が政治に参加出来るチャンスが出来るのです。

人間は原則悪であり、日本は民主主義ではない。そして特殊な社会である。まずはここを理解して上で政治に参加すべきではないか、と。ネットで意気盛んな人達の発言を見ていて思うわけです。