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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

無職の中年引きこもりがアルバイト面接に行った結果

店舗には決済権無くて、本社の採用係が決めるんだと。年齢的に厳しいという事でダメ。バイトの決済権さえも支店に与えない会社って今時どうなのよ、同族の会社で、支配欲。だから何でも遅いんだよ、という文句はあるが、まあ、それはいい。

 

日本は海外に習って男女の性差、年齢で募集をかける事は禁止になっている。しかし、これは海外(特にアメリカ)の場合、履歴書が無くレジメ(自分が何が出来るか、という自分の価値を記入する)方式とは違い、学歴等履歴書を提出する日本では性差も年齢差別も当たり前。なのに募集だけは禁止する、という募集と応募者のミスマッチが生まれてしまっている。で、私が今受けている年齢差別についてちょっと考えてみた。

 

パートのおばちゃん。私よりも年齢の高い女性のアルバイト、パートは沢山いる。しかし、私のようなパートのおじちゃんは見かける事は無い。だって、実際に書類の段階で落ちてしまうから。何故だろう。年齢は同じなのに、アルバイト、パートは女性の方が優位だ。

 

私だったら、私のような経歴の人であれば会ってみたいし、話をしてみたい。なぜなら見たことが無いからだ。そう判断出来るのは私が私自身の良さ、悪さを知っているからだ。では、パートのおばちゃんはどうだろうか。それは例えば「子供が手離れして暇を持て余している主婦」のイメージを多少持てるからだ。街で見かけるし。そこに安心感がある。逆に、40過ぎの未婚でアルバイト募集にくる男性はどうだろうか。採用側はそういった人達を見たことが無い。だからイメージで判断する。気の利いた人だったら結婚して子供がいて、その子供も成人している可能性もある。なのに独身でバイト募集って(笑)、のような。

 

しかし、こういった判断をしてしまうのは良く分かる。私もかつて採用側だったし、若かった。大手一流企業に勤めている人間こそ、一流である、というレールのバイアスに支配されていた時は個々の人間の人間性など考えた事も無かった。思えば私も酷い人間だったのだ。

 

そして私が今、過去の自分とおなじような人種から私がしてきたような仕打ちを受けている。仕方が無い。彼らは私のような立場の人間に会ったことが無いのだから。

 

様々な生き方を認める事は個々の人間性を理解する事にも繋がる。その先には本来の成果主義がある。つまり、結果を出せる人が大事になり、年齢性別など関係無くなる。ではなぜ日本はそうならないのか。答えは簡単。日本では年功序列の問題もあるが、むしろそれよりも組織の上役になればなるほど給料が上がるが仕事をしない人間が増えるからだ。仕事は目下の人達にやらせる。自分は楽して高給。成果は自分のおかげ。失敗は部下のせい。そうした役員達をどれだけ実際に見てきた事か。そうした社会では支配し易い人を好む。なので、パートのおばちゃんはOKでおじちゃんはNG。これは結果、女性蔑視、女性差別でもある。

 

こうした日本社会の構造をどうしたらいいのだろうか。本来、それらを変えるべきビジネスリーダーがいればいいのだが、日本ではそうした人達は生まれず、逆にこの日本の構造を理解したうえで、ビジネスと自意識(自己顕示欲)の為にむしろ利用する。ある人はそうした人達を集め、ニート株式会社を作って自分のネームバリューを売るようにしたり。またある人はジャーナリストを名乗って若い人向けに活動し、大学で講座を持ったりで小銭稼ぎとブランディングをしたり。こうした人達は日本の構造をよく理解している。そしてそれは根深いだけでなく、変える事を望んでいる人達がビジネス界で少なく、またその家族も含めたブルジョワ社会でも少ない事をよく理解した上、ビジネスをしているのだ。かつてIT長者として有名なった人が若い時に「俺たち若い人たちが」と年配者に噛み付いて人気なったが、今本人が中年になり、そうした発言ではなく、「老害」となっているのと同じ。彼ら程の教養の持ち主なら実際はそんなカテゴライズで人の判断などしない。そうした発言によって社会誘導する事の方がビジネス的に「おいしい」からだ。

 

まあ、そんな事を考えながら自転車に乗って帰ってきたよ。大学生以来のバイト面接。落ちたけど楽しかった。