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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

過去にAAとACAに行った時のお話。

底辺日記

アメリカ映画好きであれば見たことがあるだろう、問題を抱えているメンバーが集まって自らの経験を語る事で立ち治ろうとするグループセラピーがある。当時自分がアル中になっている、と自覚した私は何度も躊躇したあげく、勇気を振り絞ってAAの集会に行ってみた。AAとはAlcoholics Anonymousの略である。参加者は過去にアル中、もしくは今現在アル中の人である。

年齢はバラバラ。20代~60代くらいまでか。一人ひとりが自らの体験を語る。もちろん、中には(?)という内容の人もいる。しかし、聞いているうちに涙が出そうになった。辛いのが自分だけではないという事がわかった瞬間だ。ぐっと涙をこらえて自分の事を語る。会が終わった後に何人もの方が「ようこそ!」と握手をしてくれた。感激だった。それ以来参加はしていないのだが未だに酒は一滴も飲んでいない。

 

そんな素晴らしい体験をさせていただいたので、勢いにのって今度はACAというアダルトチルドレンの同じくグループセラピーの会に行ってみた。これが最悪だった。私意外は皆常連さんで、今度開く予定のオフ会の話を何度もし、その場にいないメンバーの話等で盛り上がっているのだ。もちろん私はわからないし、その遊びにも誰も誘わない。もちろん、私はなんとも思わないし、例えばこれば人のBBQの会に参加したと考えれば当たり前の事だ。しかし、この場はACAという場。初参加である事を告げているので、全員が本当にAC(アダルトチルドレン)経験者、もしくは現在ACなのであればこういった会に参加するのにどれだけの勇気が必要なのか、そしてそういう人がわからない話をし、なおかつイベントに誘わないという事がどういった意味をなすか。AC用語で言う、インナーチャイルドを更に傷つける事になる事ぐらい容易に想像出来るはずなのだ。もちろん、AC経験者でもそういう人はいるだろう。しかし、あの場全員がその配慮が出来ないのであれば、なんのためのACAなのだ。新参者を排除するその態度があまりにもAAでの体験とは真逆すぎてびっくりするだけでなく、本当にAC経験者であったのなら、その人達が自分が気に食わないACの人を更に悪化させるような事を平気で出来るその会の存在、人間という存在の罪深さに辟易としてしまった。もちろん、2度と行っていない。

 

アル中になる辛さは単純に辛さでしかなく、そして実生活に影響があるという事は事実でしかなく、万人に共通。しかし、アダルトチルドレンの場合は実生活への影響に程度の差があり、それが改善されたとしても人柄、教養的にアダルトがとれたただのチルドレンという事もありえるわけで、グループには向かない、と思った。