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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

又吉直樹の「火花」が想像したよりも傑作だった。

話題作なので読んでおかないと批判も出来ないし、今のエンタメの金の流れも理解出来なくなってしまう。そういう観点もあり、読んでみた。

しょっぱなからかなり辛い。読み難い。まどろっこしい表現。稚拙な描写。共感はおろか、感情移入も出来なければ、何が面白くて読んでいるかわからない。苦痛で仕方なく、なかなか読み進める事が出来なかった。しかし、多分、この冒頭からの文章表現にはわけがあったのだ。

中盤からぐっと文章がかわる。それは主人公の人間的成長、環境の変化とシンクしているような錯覚を受け、前半の拙い感じがあった事によるギャップで、作品の中に引きずり込まれる。自分も同じような目線(見識)で成長しているよう感覚になるのだ。そうなると、少ない登場人物ではあるが、だからこその人間に対する真摯な目線、夢をもって挑んでいる若者の心情等が胸に響く。何度も涙が溢れてしまった。ミスタードーナツで読んでいたのだが、おっさんが1人で泣いている光景はちょっとしたホラーだっただろう。

 

この本は家で1人で読むよりも、喫茶店等、外で読む事をオススメする。その事によって社会ので1人本を読む事の孤独感が一層増し、本の世界観に没頭出来る。より感じる事が出来る。

 

不器用だが愛すべき人間と社会との折り合い。道理や道徳、正義やマナー。そういった事ではない、人間という生き物の滑稽さゆえの愛らしさ、そして社会という得体の知れない怪物との対峙。自分に正直に、戦う事。それは強さだけではなく弱さでもある。哲学的に言ってしまえば簡単な事ではあるが、いざそれを突きつけられると人は簡単に自分に価値基準で分別し、判断基準を下してしまうものだ。LGBTの結婚について、というアンケートの結果は賛成が多いのに、いざ職場にいたら、というアンケートだと真逆な結果が出るのと同じ。当事者意識が無い人達は他人などどうでもいい。しかし、この本に出演している多くの人達はお笑い芸人であり、客=社会を相手にする職業である事が個性と社会との接点の面白さを際立たせている。

何が純文学なのか、そうでないのか、と区別して本を読む事は無いのだが、文章力では劣るが、西加奈子に近い感覚を受けた。人間の醜悪含めて抱擁するような、そんな感覚というか。この感覚は本でしか表現出来ないモノであり、もし映画にしてしまったら、余程の監督でないと、本のストーリーをなぞるような感じになってしまい、この本のマジックを伝える事は難しいだろう。そう考えると、本の素晴らしさを伝えるには十二分の作品であり、芥川賞も納得である。

とはいえ、様々な人間関係の中で生きている人でなく、自分が気に入った人達とだけ付き合うような、社会で力ある人では理解出来ない内容かもしれない。

 

読み終わった後、泣きつかれてしばらくボーッとしてしまった。

 

追記:

一晩たって思ったのだが、小説にしか出来ない仕掛けで全体をくくっているこの小説の中で何箇所か逸脱した、というか稚拙とまではいかない、外しのような表現方法がある。これほどまでに練られている作品にも関わらず、何かおかしい。こうした表現は全体の調和を崩すモノではあるが、作者がぜひとも言いたい事なのではないだろうか。そして、この不器用な表現も含めて、この小説が計算されているとしたら。

今後又吉直樹の見る目が変わらざる負えない。