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底辺の見方、上からの見方

日本社会の底辺層のモノの見方、ちょっと上の層のモノの見方のお勉強

被害の共有という安心感

ども。底辺くんです。

ボロアパートに引っ越してから半年が過ぎた。全部で8世帯のアパートなのだが、私は角部屋の1階。引っ越してから程なくして大体どういった人が住んでいるかわかった。

 

しかし、私の上の階に住んでいる住人だけは見たことも無ければ素性もわからない。引きこもりの私だからこそ言えるのだが、同じく引きこもりである事は間違いない。その他の住人は社会人&学生、老人一人である。

 

ある夏の暑い平日の昼間、叫び声が聞こえた。声質から20代後半~30代といった所か。私の実家の隣人に部屋に閉じ込められていて、毎月特定日だけ叫ぶ子がいたので、同じような子が近隣住人でいるのかな?と思っていた。そこそこ高級住宅地なので、大きな戸建ても多い地区だ。しかし、その声はほぼ毎日、頻繁に聞こえるようになり、どうも英語の歌を大声で歌っているようなのだ。しかし、BGMは聞こえないのでイヤホンで聞いているらしい。あまりにうるさいので、文句の一つでも、と思い外に出てみると、なんと私の部屋の真上の住人だったのだ!

2階の彼の隣は現状空き部屋。まさか下まで響くと思っていないからだろうか。夏なので窓を全開にして、ものすごい大声でシャウトしている。まさに文字通りシャウト。それもすべて英語の歌なのだが、その英語も和製英語であり、ロックっぽくて何度も叫ぶので正直、かなり気持ち悪い、というか胸糞悪いのだ。

彼は家からほぼ出ないので、歌う時間もバラバラ。時には深夜2時にだったり、朝6時だったり。30分~1時間ほど大声で叫び続けると二度寝したりするっぽく、いびきが聞こえる。いびきが聞こえるのは15時前後が一番多いので、昼間寝て夜起きる生活なのだろう。

私はその声に何度も起こされ、また時に音楽に合わせての足踏みの音で苦しみ、半分ノイローゼに近い状態だった。暑い夏、深夜にその気持ち悪い声と足音で起こされた後、あまりにもイライラしてそのままコンビニにいってアルコールを大量に買い込み、酔って寝る、という日々が続いた。そして数ヶ月過ぎた頃、10kg以上太り、金は予定よりも早く減っていた。

 

同い年の11月、一年発起してダイエット始めようと思った矢先、2階の空き部屋に新規の入居者現れた。私はさすがに隣に人がいたらあんな大声で気持ち悪い歌を歌い続ける事は無いだろう、とこの悪夢の日々から脱せられるだろうと思った。しかし、引っ越しの翌日の9時から真上の住人は大声でシャウトしていた。隣人がいようがいまいが関係なかったのだ。

 

私は人間が一番怖い生き物である事を知っているので、何も言う事は出来ない。しかも、偶然その彼が資源ごみを集積所に捨てた後、私が捨てた事があったのだが(単純に彼の騒音で早朝起こされたのでタイミングが合っただけなのだが)、大量のビールの空き缶をビニール入れて捨ててあり、なおかつ、空きのガス缶も捨てていた。私の地域は空き缶は専用のカゴにそのまま捨て、回収車がそのまま回収して新しい専用容器を置き換えるのだが、ビニールに入れてあると、作業員の方はいちいちそのビニールを解いて分別しなければならなく、とても手間なのだ。しかもガス缶は燃えないゴミの日の回収であり、資源ゴミではない。私は過去にそのガス缶を発見した時、上の住人とは思っていなく、

「こういったボロアパートにはマナーの悪い人がいるのは想像出来るが、ガス缶を資源ゴミに捨てる、というのはマナーというよりも一般常識の欠如であり、よくいままで生きてこれたなぁ」

と感心したものだ。しかし、大量の空き缶をビニールに入れたまま、そしてガス缶も真上に住む、シャウト引きこもりだったのだ。

 

いよいよ怖い。もし苦情をあげていたら・・・。何されるかわらかない。ああ、ノイローゼは続くのか、と思っていたら・・・。

 

彼のシャウトは変わらないのだが、あまり気にならなくなったのである。もちろん、今でも深夜、早朝に起こされる。ここ最近は毎朝5時に歌で起こされる。それでも夏の時のようにノイローゼ気味にはならないのである。

これは慣れたのだろうか。それとも、少しは真上の住人の素性がわかった事で安心したのだろうか。

そういった事もあるのだろう。ただ、私は気がついたのだ。真上の住人に隣人が出来た事によって、私と同じような音の被害を受けている人間が他にいる、という勝手な被害の共有感が、「私一人がなんでこんな目に」という孤独孤立感から救ってくれたことを。

 

社会から孤立し、孤独になった人間は直接被害に異常に弱い。住む世界、社会が狭いため、その被害が精神生活の大部分を占めてしまうからだ。しかも、常に自分の存在を卑下しているような時はそういった負の感情は更に増幅される。

そういった時であっても、同じような被害を被っている人がいる、と思うだけで心持ちがまったく変わるのだ。これは一般人の傷の舐め合いとはわけが違う次元であり、多分、断酒会等で自らの体験を同じような人達と語らい合うのと同じような効果なのかもしれない、と思う。

 

こういった感覚は初めてであり、勉強になった反面、負の感情を連帯感というのはまさに底辺層の人間のモノであり、この気付きにより、理解出来なった色々な底辺層の事柄が一気に解明に向かったのは、自分がまさに底辺の住人である事を証明する事となり、なんか複雑でもある。